Singapore, Singapore
高橋忠平 (たかはし ちゅうべい) 1870(明治3)年12月15日〜1933(昭和8)年6月7日 新潟県柏崎市の代々続いた呉服屋に生まれる。幼少から青年期にかけ同市野田の須田家で養育され 、藍澤南条塾で漢学を学ぶ。/ 1896(明治29)年、26才で上 海に渡り、呉服太物を中心に在留日本人を相手に 商売を始めた。1904(明治37)年、香港に店舗を構える。しばしば、マレー 半島、やシンガポールに行商に出かけ、1908(明治41)年シンガポールに「越後屋」を開く。以後「かけねなし」の現金商売で財を成していく。 1914(大正3)年 、ジョホールに510エーカーのゴム園を経営するなど商売は 多岐
に渡った。経営は盤石となり、それによって得た富を公共に寄付し世の中 に還元した。新嘉坡日本人会への寄付や、多年、貿易や南洋発展に尽した功績により国や県から表彰され、シンガポール内外で高く評価された。 1932(昭和7)年、シンガポールで発病し帰国。出身地柏崎への郷土愛は深く、公会堂の建設をはじめ様々な貢献をした。1933(昭和8)年、63才で没するが 、妻サワに「寄付を実行せよ。越後屋は会社組織と
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